人目が気になるというのは勘違い/人見知りを克服した考え方 人と接するのがつらい―人間関係の自我心理学 (文春新書 (074))を読んで

私は今でこそWebディレクターとして仕事をしておりますが、子供ころからずっと人見知りな性格に苦労してきました。
・初対面の人と話をすること
・何か発言・発表、意見すること
・自分の服装、髪型がどのように思われているか。
など、自分の行動や見え方を過度に気にしてしまい、家から出たくないと考えることも多く、
何もかも嫌になってしまうことがありました。

このような性格と共存していくための方法・考え方をまとめてみました。

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なぜ人見知りなのかを考えてみた

自分がなぜ人見知りなのかを深堀して考えてみると、
考えていることを人に悟られたくない、それを知られてどうこう言われることが非常に恥ずかしく、
できるだけ自分の表現を表に出さず、うちに秘めておきたいと思う傾向があることに気づきました。

就職活動で就活生の真似をして克服したつもりになる

そのような性格だから、なかなか友達もできない、就職活動もうまくいかないといったことが続き、
自分は本当にダメな人間だと思い、さらに人見知りの性格を悪化させてしまっておりました。

そんな私でも大学の卒業が近づき、就職活動に迫られました。
そこで考えたことは、誰かのまねをして就職活動を乗り切ろうと考えました。
一般的な就活生のスタイルをまねて就活生になり切ることで自分を捨て、何とか内定を獲得することができました。

ロボットになることで克服したつもりになる

なんとか大学を卒業し就職して現在に至るまでWebディレクターとして仕事をしておりますが、
当初はクレーム続きで先輩からも毎日叱られてました。
平日はお金をもらうために仕方ないと割り切って機械的に仕事を行い乗り切っていました。

そうです、自分の個人を捨て、ロボットとして仕事をしていることと自分に言い聞かせ、
人見知りをしないロボットとして仕事をしてました。

このころの自分は、ロボットになる・誰かのまねをすることで自分を捨て、仕事をしていました。

誰かのまねをするだけでは限界があるし、楽しくない

ただ、就活生のまねをする・ロボットになり切ることを続けてきましたが、
それもとうとう限界を感じてきました。

感情がないと人は動かない、自分も楽しくないということに気がつきました。
誰かのまねをして、自分も楽しくない人生に何の価値があるのかという疑問にぶつかりました。

大局的には、小さなことであると気づいた
このように自分は価値がなく何のために生きているのかを見失ってしまい、弱り切っていた時に、
「人生の目的」をGoogle先生に聞いてみました。
検索結果に表示されるブログを読み漁り、人生に意味なんてないことに気づきました。

人生に意味なんてなく、楽しんだもの勝ちです。

そのような考え方を目の当たりにしたとき、自分個人としても小さな一人の人間ですが、
それは他人も同じだということに気づきました。
また同時に、地球規模で考えたときに自分個人の存在など大したものではなく、そこで何をしようが大局的には小さなことだと、
このとき初めて気づいたのです。

結局、人生楽しんだもの勝ちなら・・・

その答えにたどり着き、気持ちが楽になりました。
よくよく考えても自分自身はこんなに悩んできましたが、自分が他人に大きな興味を持ってないのと同じように、
他人も自分に興味を持ってないですよね。

だから、他人の目を気にせず自分の好きなようにすればいい、と思うことができています。

世の中、ポジティブで明るい人の活躍が目立ちますが、
人見知りな性格でも成功した人は数多くいます。

必要なのは、自分が本当に好きなことを見つけそれに打ち込めているかどうか
が人の魅力になると感じています。

何度もいいので、自分が寝食をわすれて打ち込める好きなことを見つけ、それに打ち込んでいれば、
ニッチな業界・趣味でも70億人の中でわずかでも賛同してくれる人がいれば、それで生活できます。

このような考え方を身に着けることができた出発点として、
人と接するのがつらい―人間関係の自我心理学 (文春新書 (074))があります。
人見知りな自分がだめだと思うならまず読んでみる価値があります。

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